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2017/06/19

語源から知るメキシコの産物 (I) - スペイン語に与えた影響

“¿Bueno?” メキシコの歴史・文化的こぼれ話

著者:松浦 芳枝 facebook
翻訳家/東京大学・慶應義塾大学スペイン語講師
メキシコ駐在や駐日メキシコ大使館勤務を経て現職。日本で初めてメキシコのAMCT認定テキーラ唎酒師としても活躍し、メキシコ文化にもっとも精通している日本人の一人。 (AMCT : Experta en Tequila certificada por AMCT)




5年ほど前のことだが、都内で「知っているメキシコ、知らないメキシコ」というタイトルで講演を行った。世界にはたくさんの国があるが、私たち日本人にとって、メキシコは「それなりに知られている国の一つであるという認識がある一方で、実態はそういう見かけとは異なるのではないかという前提で話をした。そして意外だった、予想外であったという声が上がったのを記憶している。その後、テキーラの公式セミナーへの関与などで、「知らないメキシコ」の部分をどのように「知っている」側に移していくことができるかを課題にして取り組みを行って来た。

メキシコのことを知るにはメキシコに尋ねるに限る」ので、言語の壁によって、多くの興味深いながらも、僅かまたはほとんど紹介されていない文化的事項について、文献を収集しながら自分なりに消化して、テーマ別に整理をしてみようという気持ちになっていた。メキシコに9年住み、帰国後50回ほどメキシコを訪れているが、時の経過に伴い、新規開発による街の外観の大幅な変化をその都度感じる反面、在住時とほとんど変わらない移動市の様子や、特にメキシコ市中心部の喧騒などは、数十年経った今日でも、「戻ってきた」とい気持ちにさせてくれる暖かさを感じ、心に染み入ることが多々ある。

五月の中旬に横浜市で開催された “Mexican Port Market” というメキシコ文化の様々な文化面を扱ったイベントのトークショーの一つに出演して話をさせて頂く機会を得た。そこで、先住民アステカ族の言葉であるナワトル語に起源を持つメキシコ的なもの、とりわけ昨今の日常生活の中にかなり自然に取り込まれている産品を取り上げて、昔と今を繋ぐ身近ながらも重要な担い手として、古くからの伝統を今の中に伝える様子について述べた。カタカナ表記の下に隠された、先住民の言葉に起源を持つ興味深い事例を幾つか提示した。「知っている」側の項目が僅かとはいえ増えたと感じ、こういう作業を根気よく継続していくことの重要さを再確認した次第である。この小稿は、上述のトークを加筆修正して、文体を調整したものである。

メキシコは太陽の国それとも月の国?



まず「メキシコ」である。正式にはメキシコ合衆国(通常はメヒコと簡略化されることが多い)という名称であり、スペイン語ではMéxico(メヒコ)と発音します。スペイン語圏全体で4億数千万人の総人口の中で最大の人口の国はメキシコ(1億2000万人ほど)である。スペイン及びアメリカ大陸にあるスペイン語圏では、各々のスペイン語はそれなりに個性的であり、それ自体が一つの重要な研究テーマになるほどの重要性があるという意味に於いて、メキシコの場合はアステカ、マヤなどの先住民言語文化が強く反映してできたメキシコ・スペイン語であり、最もオリジナル(独自性のある)スペイン語と称されている。本稿では、最大の先住民言語であるナワトル語に起源を持ち、今日のスペイン語に取り込まれている比較的身近なケースを取り上げる。複数の解釈が成り立つ場合もあるが、原則的に代表的なものを一つ選ぶことにする。

まずは国名「メキシコ」から見てみよう。メキシコは燦々と輝く太陽の国、陽気な国民というイメージをもたれることが少なくないだろう。確かに、よく言われる国民性としての明るさ、陽気さ、楽観的人生観、明日があるさ、というようなキーワードがカラッとした気候と太陽の強い日差しの風景と重なることが少なくないだろう。確かに、先住民アステカ族の時代に太陽神への畏敬があり、太陽が、光の根源として社会を決定づけるほどの拠り所であったことは重要視する必要があるのは当然である。ナワトル語では、México(メヒコ) ←meztli(メストリ、意味月)+ xitle(シトル、意味中心)+co(場所)月の中心の場所を意味しています。メヒコという単語は、月の中心(天体の月またはアステカ帝国の月という名前の湖)の場所ということになる。太陽の強烈さ、華やかさと対照的な月の優しさ、しっとり感のようなものが背景にあることは興味深いと言えよう。

茶色い嗜好品 ー カカオ



次は、チョコレートや飲みものとしても、今日の日本では季節を問わずに様々な世代に人気のある食材であるカカオ。スペイン語の発音はcacaoであり、ナワトル語のcacahuatl(カカウアトル)から来ていて、カカオそのものを指す言葉である。

三番目は、カカオの代表的な使用例であるチョコレート。これは、ショコク(苦い)アトル(水)という部分からなる xocolatl(ショコラトル)という言葉が起源であり、そこからスペイン語のchocolate(チョコラテ), 英語のchocolate(チョコレート), フランス語のchocolat(ショコラ)、イタリア語のcioccolato(チョコラト)などのような言葉が派生していった訳である。

色鮮やかな畑から ー アボカド、唐辛子、トマト



次に作物を取り上げてみよう。最近はレシピのかなりの充実のおかげで、日々の食事の中へ自然に取り込まれて、他の材料と不思議に馴染む食材でファンも多く、森のバターなどと呼ばれることがある栄養豊かなアボカドである。この果物はスペイン語ではAguacate(アグアカテ)と言い、語源はahuacatl (アウアカトル)で、その語の意味するところは男性の生殖器(睾丸)なのである。この命名に、アステカの人々のおおらかさが見て取れ、見たものをそのままストレートに表現するところに優れたユーモアのセンスも見受けられ、微笑ましいとすら感じる。

そしてアボカドからその料理例として、今日の日本でもよく知られるようになったワカモレがある。アボカドに玉ねぎ、トマト、唐辛子、好みでシラントロ(パクチー)などをいれて作るディップで、メキシコ料理店やテックスメックス料理店では必ずあるメニューであり、材料を揃えるのに苦労がないため、自分で作って食する人もかなり増えているようだ。これはスペイン語ではguacamole(グアカモレ)と言い、ahuacatl(アボカド)とmulli(発音はムリ、ソースの意味)から成るahuacamulli 文字通り、アボカドソースを意味するのだ。事実、日本ではワカモレという言い方がもう定着していて、言葉が短く発音でも表記でも容易である点では機能的であり、確かに一理はあろう。しかし、カタカタ名に埋没する「何か」があり、本来のアボカドソースという意味のナワトル語の「メッセージ」が伝わりにくい。ワカモレという名前で愛されている事実を踏まえるも、隠れたところにその起源があることを押さえるのは意義があるだろう。

そして、guacamoleや様々なサルサやメキシコ料理には欠かせない唐辛子、スペイン語ではchile(チレ)といいます。南米ではajíという言い方もあるがメキシコではchileが標準である。これは文字通り唐辛子を意味するchilliという言葉に由来する。そして、トマトであるが、日本でもいろいろな種類のトマトが食卓を飾ることが多いが、メキシコではやはりサルサや煮込み料理などには不可欠な食材である。メキシコの多くの地域ではトマトを表す言葉は二つある。一つはjitomate(ヒトマテ)、これはxictomatl(シクトマトル)シクまたはシクトリ(お臍)とtomatl (発音はトマトル、トマト)という言葉からできていて、メキシコでは赤いトマトをこのように呼んでいる。もう一つはtomate(tomatl)は小さいグリーントマト(食用ほおづき)を指していますが、tomohuac(トモウアック、意味は太った)atl(アトル、意味は水)から成っていて、瑞々しいトマトを彷彿とさせると言えよう。

これぞメキシコ料理の真髄 ー タコス



そして、メキシコ料理の代表としてのタコス、少なくとも日本ではタコスという料理名が真っ先に挙がってくるのではないだろうか。因みに一つはタコでありタコスは複数形。これは、tlaco(発音はトラコ 真ん中に)という意味で、まさに熱々のトルティージャに好みの具をいれて食するものを指すことが分かる。

そして、グアカモレやいろいろなサルサと一緒に出されるトルティージャチップがあるが。スペイン語ではtotopo(トトポ)と言い、totopochtic(トトポクティク)という「こんがりと焼いた」という意味のナワトル語から由来しています。レストランではよくナチョスという名前で呼ばれることもあり、ホームパーティなどでもよく見かける一品である。

メキシコから世界への贈り物 ー テキーラ



最後に、食材ではないが、メキシコを代表するお酒のテキーラを取り上げたい。アガベ(リュウゼツランの一種であるagave tequila Weber variedad azul 通称ブルーアガベ)で作られるメキシコの蒸留酒で、1974年以来原産地呼称で保護されている重要な品目である。テキーラを一元的に管理するテキーラ規制委員会(CRT)は、「メキシコから世界への贈り物」として紹介している。残念ながら、Tequilaという言葉を聞いただけで、非常に強いお酒であるとか、悪酔いの原因になると思い込み、驚いたり、緊張したりする人も日本ではまだ多いと言える。

テキーラという名称は、ハリスコ州にSantiado de Tequilaという名前の村があり、歴史的には昔その辺りで作られていた「テキーラ地区のメスカルワイン」の味が好評を博すようになり、テキーラの部分だけが残ったのが今の名前の直接的由来ではある。しかし、テキーラという語は、元来の意味はtéquitl(発音はテキトル、意味は農作業などの仕・作業)+tlan(発音はトラン、意味は場所)であるという説が主流であり、税を納める場所、黒曜石を切り出し加工する場所などという説もある。いずれにしても、先住民の日常生活にいかに密着した言葉に由来するかということであり、テキーラのイメージについて語るときは、是非こうした歴史文化的な側面にも留意して欲しいと思う。

普段使っている言葉で、普通に見かける食材の意外な素顔が見えてくることは興味深いと思う。同時に言語の持つ豊かさ、奥深さが過去から未来へ伝えられていくことの素晴らしさ・重要さを再確認できる。スペイン語という世界的にも重要な言語は、このような多様な文化的な豊かさに支えられて育まれてきたことを、ここ日本で第二外国語や第三外国語として気軽に学ぶ機会を持てる今日だからこそ、強調する意義があると考える。

著:松浦 芳枝

(続きは後日...)






著者:松浦 芳枝 facebook

翻訳家/東京大学・慶應義塾大学スペイン語講師
メキシコ駐在や駐日メキシコ大使館勤務を経て現職。日本で初めてメキシコのAMCT認定テキーラ唎酒師としても活躍し、メキシコ文化にもっとも精通している日本人の一人。 (AMCT : Experta en Tequila certificada por AMCT)